
はじめに
戦国武将の好き嫌いは、個人個人によりはっきり別れています。歴史小説を読んでも、作家の
思いで正義にも、悪にも変化する。400年以上前の歴史を紐解くのは、困難と思います。
私個人の感情にて、戦国武将達の運命的人生をまとめてみました。
歴史に、もし?という事は無いと思いますが、自分なりに色々考察して見ました。
記憶違いもあり、又、思考の浅さもあり、多方面の方々に、不快感を与えてしまえば、この場
を借りて、お詫び申し上げます。
東北地方
津軽為信 (つがる ためのぶ) 1550 − 1607
付録 津軽と南部の史実の違い
豊臣秀吉の政治戦略
秀吉に接見し、津軽藩を容認させた武将
リンクにて記載
津軽信牧
南部信直
(なんぶ のぶなお)
1546 − 1599
南部藩を興隆させた武将
付録 南部信直の忠臣・北信愛とは、
南部藩の成立から終焉
リンクにて記載
南部利直
九戸政実 (くのへ まさざね)
1536 − 1591
秀吉に立ち向かった最後の勇将
付録 九戸政実の乱に参戦した武将たち
奥州仕置
伊達政宗 (だて まさむね)
1567 − 1636
五六八姫 (いろはひめ) 1594 − 1661
生涯を一人の男に捧げた悲劇の姫
付録 家康の男子供達
関東地方
北条早雲 (ほうじょう
そううん) 1432 − 1519
商人から武将に、下克上の代表的梟雄
付録 その後の北条家を支えた名将
リンクにて記載
北側殿
小田原の合戦
直江兼続 (なおえ かねつぐ)
1560 − 1619
友情・義・仁に殉じた名将・智将
リンクにて記載
上杉景勝
信越地方
武田勝頼 (たけだ かつより) 1546 − 1582
二代目の圧力に負けた勇将
リンクにて記載
景虎
穴山信君
仁科盛信
諏訪頼重
中部地方
斎藤道三 (さいとう どうざん) 1494 − 1556
改名の名人。下克上を行い、下克上に散る
リンクにて記載
濃姫
大桑城の戦い
嫡男・義龍
孫・龍興
柴田勝家 (しばた かついえ) 1522? − 1583
律儀すぎて、天下を逃した武将
付録 年表『賤ヶ岳合戦』
リンクにて記載
越前衆
毛受勝助
お市の方
(おいちのかた) 1546 - 1583
後世に名を残した可憐な姫
リンクにて記載
浅井長政
お市の娘達
おね (号高台院) 1548 − 1624
秀吉を陰で支え、天下取りを助けた糟糠の妻
豊臣秀長
(とよとみ ひでなが) 1540 − 1591
兄を天下人にした影の参謀
付録 秀長、秀吉の主たる戦歴
リンクにて記載
利休
佐々成政 (さっさ なりまさ) 1536 −
1588
秀吉に対抗した幼馴染
付録 佐々成政の年表
山内一豊 (やまうち かずとよ) 1545 − 1605
内助の功で有名な賢妻・山内千代が奥方
森可成と息子達 (もり よしなり) 1523 − 1570
信長に仕え、生死を供にした親子鷹
近畿地方
明智光秀
(あけち みつひで) 1528 − 1582
信長を倒した謀反人? 謎の本能寺
リンクにて記載
秀吉の側室
妻・煕子
本能寺の変
朝倉義景
細川ガラシャ (ほそかわ がらしゃ) 1563 −
1600
キリシタンに身をささげた謀反親の娘
リンクにて記載
義父・細川藤考
夫・細川忠興
大谷吉継
(おおたに よしつぐ) 1559 − 1600
友情に散った義の武将
リンクにて記載
小早川秀秋
島左近 (しま さこん) 1540 − 1600
光成にすぎたるもの ・・・ 左近
リンクにて記載
筒井定次
高山右近
(たかやま うこん) 1552 − 1615
迫害に屈しなかったキリシタン大名
リンクにて記載
荒木村重
小西行長
(こにし ゆきなが) 1558 − 1600
最後迄、商人魂を貫いた武将
蒲生氏郷
(がもう うじさと)
1556 − 1595
行く末は百万の将たるべしと賞賛された武将
リンクにて記載
冬姫
黒田如水 (くろだ じょすい) 1556 − 1604
軍師の中の軍師・・・秀吉の天下取りに貢献
リンクにて記載
嫡男・長政
中国、四国地方
宇喜多秀家 (うきた ひでいえ)
1573 − 1655
50年間幽閉生活を全うした。言わば、勝利者では。
小早川隆景
(こばやかわ たかかげ) 1533 − 1597
両川の一人で、毛利家を救った律儀な武将
山中鹿之助 (やまなか しかのすけ) 1545 − 1578
主家の再興を願い続けた忠義の武将
九州地方
島津義久 (しまず よしひさ) 1533 − 1611
兄弟の協力で九州を制した賢長。
リンクにて記載
島津歳久